カーボンクレジットの用途に関する最近の動向

安井 啓人

はじめに

  • 事業としてカーボンクレジットに携わっていると色々な考え方に接することがあります。その中でよく聞かれるのが「カーボンクレジットを利用してはいけないのではないか」、「除去系クレジットはいいけど、削減系クレジットはつかってはダメだよね」等のカーボンクレジットの利用を制限する考え方です。
  • この考え方は、2020年にリリースされたOxford Principlesや2021年のScience Based Target Initiatives(SBTi)などに基づいているものです。上記の二つの報告書では、カーボンンクレジットを活用した排出量の相殺(オフセット)を許すと、自社の削減活動がおざなりになるとの懸念が表明されており、そのような行為を制限すべきであるとの意見が述べられています。また、最終的には一定の排出量は削減しきれずに残ると考えられており、そのような残余排出量を取り除くことができる「除去」が必要となると述べられております。
    • カーボンクレジットによる排出量の相殺を無条件で許した場合、大量の温室効果ガスを排出する企業が、同量のクレジットを購入し続けることで、将来にわたって排出を許可されてしまうことになります。そのような世界は、確かにネットゼロの世界と整合しません。
  • 一方で、現在、排出削減に向けた取り組みは、目標に対してオントラックとは言えません(WRI:Tracking Climate Action: How the World Can Still Limit Warming to 1.5 Degrees C)。1.5℃目標を目指すのであれば、企業が自社の事業内外にこだわることなく、できるだけ早く気候変動対策へ着手することが必要な状況です。
  • そのような中で、企業は自社の事業活動における削減への努力はもちろん重要だが、自社の事業活動外の取り組みも積極的に行うべきだとの論調が広まっています。この論調は、2024年2月(先月です)に発表されたOxford Principlesの改訂版SBTiのBeyond Value Chain Mitigation(BVCM)においても読み取ることができます。
  • また、自主的にカーボンクレジットを利用し、VCMI、ISO等の方法にのっとって情報開示を行う企業も現れています。カーボンクレジットに対する様々な批判を受けてもなお、あたらしい方法に則って気候変動対策への貢献を開示し始めたということは非常によい兆候であると考えています。
  • 今回のBlogでは、Oxford PrinciplesとSBTi BVCMの内容と、クレジットの活用・情報開示を行った企業について簡単に紹介し、カーボンクレジットを通じた企業の気候変動対策への貢献の具体例を紹介できればと思います。

Oxford Principles

  • Oxford Principlesの初版はカーボンクレジット取引が爆発的成長の兆しを見せ始めていた2020年に発表されました。グリーンウォッシュを避け、ネットゼロ戦略に貢献するために、カーボンオフセット(カーボンクレジットを利用した排出量の相殺)を行う上での四つの重要な原則を提示しています。
    1. まず自社の排出量削減を優先し、使用するオフセットの環境保全性を確保し、オフセットの使用方法を開示する。
    2. オフセットを(削減から)炭素除去にシフトさせ、オフセットによって大気中から炭素を直接除去する
    3. オフセットを、(森林のような短寿命の貯蔵ではなく)大気から炭素を永久的またはほぼ永久的に除去する長寿命の貯蔵にシフトする。
      • 注)植林は二酸化炭素を除去する有効な手段ですが、火災などにより除去した二酸化炭素が失われる可能性があります。このためOxford Principlesでは、”寿命の短い貯蔵(short-lived storage)”技術と呼ばれています。これに対して地中貯留(Geological Storage)や鉱物化(mineralization)のように一度除去された炭素が用意には失われたいものを”寿命の長い貯蔵(long-lived storage)”と呼んでいます
    4. ネット・ゼロ・オフセット市場の開発を支援する。
  • 上記の1~3が冒頭で述べた”よく聞かれるカーボンクレジット批判”に繋がっているものと感じています。
  • このOxford Principlesの改訂版が2024年2月に発行されました。新しい改訂版は、当初のものを踏襲した考え方に基づいていますが、幾つかの修正・詳細な説明を加えています。冒頭の”A note from the authors on the 2024 revision”で強調されている改定のポイントは以下の通りとなります。
    1. 排出量削減の緊急性を強化する( Reinforcing the urgency of reducing emissions)
    2. 炭素除去ギャップを埋める必要性の再強調(Re-emphasising the need to close the carbon removal gap.)
    3. 気候変動の推進要因と影響に対処するためには、自然をベースとした解決策が不可欠であることを示す最近の証拠をさらに強調する(Highlighting further recent evidence showing that nature-based solutions are critical for addressing the drivers and impacts of climate change)
    4. 異なるタイプの除去・貯蔵の耐久性リスクとコベネフィットの明確化(Clarifying the durability risks and co-benefits of different types of removal and storage)
    5. ネット・ゼロと自然の約束と主張に関する新しい国際ガイダンスを反映した用語の定義(Defining terms to reflect new international guidance on net zero and nature commitments and claims)
    6. 組織のネットゼロ目標以外の緩和努力の価値を認識する(Recognising the value of mitigation efforts outside of organisational net zero targets)
  • 今回の議論と特に関係する1番目と6番目の議論について少し内容を紹介します。Oxford Principlesでは、初版から続いて、今世紀の中頃には除去クレジットのみを使うことを期待していますが、一番目の項目において、除去であれ削減であれ早急な緩和活動が必要であることを述べています
  • また六番目の項目においては、ネットゼロ・オフセットを行う以外の気候変動対策への貢献の価値を述べています。すなわち自社の排出量の相殺(オフセット)を目的とするのではなく、様々な社会での削減活動を推進したり、生態系を復元するためにカーボンクレジットを購入することの価値を認めています

While the Principles discuss net zero aligned offsetting, we acknowledge there are many other reasons to buy credits and support mitigation projects other than to offset emissions, e.g., to pay for reductions in wider society or to restore ecosystems

  • すなわち、この改訂版では、1)除去だけでなく削減も推進すること、2)自社事業の排出量削減・相殺ではなく、自社事業以外の排出削減・除去の価値も認めることを強調していることになります。意訳も交えてかみ砕くと

SBTi BVCM (Beyond Value Chain Mitigation)

  • SBTiはカーボンクレジットを用いた排出量のオフセットを認めていません。しかし、カーボンクレジットの購入など自社の事業活動を超えた緩和活動(Beyond Value Chain Mitigation:BVCM)の重要性は2022年頃から主張しています(同団体のBlogを参照ください)。
  • BVCMには様々な活動が含まれます。例えば日本国内の電機メーカーがブラジルの森林伐採抑止プロジェクトに資金を供給すること、食料飲料企業が直接大気捕獲(Direct Air Capture)プロジェクトに投資すること、またインフラ企業がアフリカのクリーンクックストーブプロジェクトで生まれたクレジットを購入すること等、自社の事業活動外における緩和活動への貢献が幅広く含まれます。
  • 今回のガイダンスはこれまでの議論を盛り込んだものとなります。SBTiは明確に自社の事業活動を超えた緩和活動を推奨するメッセージを出しています

The SBTi recommends that companies also deliver beyond value chain mitigation (BVCM) to accelerate global progress towards net-zero by supporting other economic and social actors to reduce and/or remove GHG emissions and by taking responsibility for their unabated emissions that contribute to climate change

  • 一方で、事業活動内の排出量削減目標を達成する手段として、BVCMを活用することは許されていません(ここに関してはこれまでのSBTiとの差分はありません)。企業の事業活動内での削減目標に加えて、事業活動外での削減目標を持つことが推奨されるています。

BVCM activities and investments are not accounted for in the company’s scope 1, 2 or 3 GHG inventory and therefore do not count towards achieving value-chain emission reduction targets

  • 事業活動を超えた緩和活動に短期的(near-term)・長期的(long-term)の二つの目的を設定しています。短期的には2030年までに排出量を削減させる取り組みを推進すること、長期的には、2050年に世界でネットゼロを達成するために必須となる現在未成熟なソリューションに対して資金を供給することがBVCMが掲げる目的となります。短期的な目的については、達成した緩和の成果を、長期的な目的については、緩和のために介入策に投じられた資金と緩和の成果に加えて、コベネフィットについても報告することが推奨されています。
  • 以上のようにSBTiはカーボンクレジットの購入などを通じた気候変動対策への貢献を、禁止するのではなく、むしろ推奨していることになります。

企業のクレジット活用例

  • 今年に入ってカーボンクレジットを活用した企業の気候変動対策への貢献について、積極的な自己開示を新たに始める企業が現れました。世界的なコンサルティングファームであるBainや日本のヤマト運輸などです。カーボンクレジットの用途について、見通しが一部不透明な部分がある中での積極的な情報開示は高く評価されるものではないかと考えています。
  • 具体的にどのようなカーボンクレジットを購入したのでしょうか。一例としてBainの事例を見てみます。Bainは2022年にスコープ1~3合計で131,069tCO2の排出量を計上しています。この残余排出量に対して134,141tCO2のカーボンクレジットを購入し2024年2月8日までに残余排出量の101%となる132,800tCO2の
  • 高品質カーボンクレジットの認証としてICVCMのCCPがまさに議論されているところですが、現在市場にCCP承認済みのクレジットは存在しません。Bainは、自社でCCPと同等の基準でのDDを行い、クレジットを選定したと述べています。

Bain conducts its due diligence process for carbon credit purchases by assessing the following factors in alignment with the Integrity Council for Voluntary Carbon Markets’ (ICVCM’s) Core Carbon Principles:

  • Bainが購入したプロジェクトの中には再植林・森林経営のような伝統的なクレジットに加えて海洋アルカリ化などの先進的なものも含まれています。品質・価格だけでなく、戦略的な基準をもってクレジットポートフォリオを構築したのだと考えられます。
  • COP28や過去数年間の国際機関での議論をみて、私たちは複数コミュニティでの合意形成がいかに難しいことであるか認識しつつあります。そのような中で、国際機関が完全なルールを制定してくれるまで待つのではなく、このような形で自主的に前のめりに気候変動対策への貢献を行っていく姿勢は、今後の企業の社会的な責任の果たし方としてロールモデルになるのではないでしょうか。

おわりに

  • 今回はカーボンクレジット・オフセットについて最近の動向についてご紹介しました。今回紹介したSBTi以外にもISO14068、VCMIなど、企業が環境貢献を主張するための多くの基準が存在します。次回以降で、企業がとりうる様々な主張・貢献について紹介することができればと思います。

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WRITER PROFILE

CSO(Sustainability) 安井 啓人 Nobuto Yasui 博士(工学)

略歴

総合電機メーカー中央研究所、A.T. カーニー、デロイトトーマツ コンサルティング、Deloitte India、Deloitte South East Asia、総合商社新規事業開発部門、衛星画像解析ベンチャーを経て現職。サステナビリティ関連コンサルティングファームのディレクターを兼務。 企業のサステナビリティ戦略の策定、GHGアカウンティングや、カーボンクレジット品質評価等、企業のサステナビリティに関わる幅広いプロジェクトに従事。 京都大学(学士・修士)、東京工業大学(博士(工学))

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