COP28参加報告:炭素市場の行方

安井 啓人

はじめに

今回はCOP28における、炭素市場に関する学びについて報告させてください。既に多くの方が素晴らしいreflectionを披露されています。プロジェクトデベロッパの視点で炭素市場(カーボンクレジット)の進捗についてお話できればと思います。

カーボンクレジットには、実施主体に応じて、1)国連が主導するもの、2)政府・地域が主導するもの(二国間で行うものを含む)、3)民間が主導するもの、の三つの種類が存在します(全体像の説明はみずほFGが公開しているこちらのレポートに非常にわかりやすくまとめられています)。

パリ協定では第六条において、1)国連が主導するクレジット(第四項に記載)と、2)二国間で行うもの(第四項に記載)を扱っています。今回のCOP28では、この第六条二項(6.2条)と第六条四項(6.4条)について詳細な議論が行われることになっており、注目を集めていました。

また、例年COPのタイミングに合わせて、ボランタリーカーボンクレジット業界でも大きな発表がなされており、COP28においても新しい発表が期待されていました。

COP28での六条に関する議論

結局、今回のCOP28では上記二つの文章(6.2及び6.4)について合意に至ることはありませんでした。11か月後のアゼルバイジャンで開催されるCOP29を待つことになります。6.4条は今回合意されていた場合、2025年に最初のクレジットが発行されると期待されていました。これが後ろ倒しされることになります。

一方で、6.2条は今回のCOP28で合意には至らなかったものの、これまでに合意された枠組みに基づいて既に実務を薦めることができます。今回の会期中にも6.2条に関連して多くの新しい取り組みが報じられました(日本:水田メタンに関するJCM、スイス:スウェーデンとの除去技術の取引、シンガポール:PNGとの提携

これは国際的なカーボンクレジットの取引を願う国・企業にとっては良い兆しといえるニュースでした。直近ボランタリーカーボンクレジットの価格が低迷したため、新規のプロジェクト開発が躊躇されるケースが見られましたが、ある程度の量・価格での取引が期待できる6.2条の枠組みの進展は大きな追い風となります。

このような動きは全ての人に歓迎されているわけではありません。6.2条が拙速に進みすぎているという意見もあります。Jonathan Crook氏(Carbon Market Watch)は、完全な枠組みがないなかで二国間の取り組みが進展することで、透明性を損なうリスクがあると指摘しています。

六条クレジット初の品質問題

このような流れの中で、COP28会期中に六条クレジットに対して批判が行われました。COP28が終盤に差し掛かった12月11日、Alliance SudとFastenaktionによる報告書が発表されました。この報告書はバンコクEVバスプロジェクトが追加性を満たしていない可能性があると指摘しています。このプロジェクトはスイス・タイ間で締結された6.2条協定に基づいて推進されているもので、近々ITMO(国際的に移転された緩和成果。6.2条におけるカーボンクレジットの呼び名)を発行する予定になっています。

「追加性」という考えは初見では理解が難しいですが、そのプロジェクトがカーボンクレジット(=ITMO)販売による追加的な資金なしでは存在しえないとき、そのプロジェクトは追加性があると言います。つまり、この報告書ではバンコクEVバスプロジェクトは、カーボンクレジット発行の有無に関わらず存在した疑いがある、と指摘していることになります。

具体的な指摘内容について、幾つか抜粋しておきます。追加性がないと断じているのではなく、1)追加性の判断に足る情報が提示されていないこと、2)観察された事実から追加性がないことが推定されること、の二つの点を挙げて問題を提起しています。

1)追加性の判断に足る情報が提示されていない

報告書はベースラインシナリオとプロジェクトの間の価格差や、追加性があるとする根拠となる試算方法が開示されていないと指摘しています。スイスの6.2条の取り組みを担うKlik財団は、この情報はKlikとタイ側のプロジェクトデベロッパ間の私的な契約内容にあたると回答しているとのこと

To that end, the programme documentation contains a calculation which is meant to prove that without the additional funding from the sale of certificates, the private investment would not have been profitable and hence would not have taken place. The sales proceeds are expected to cover the cost difference between the new purchase of traditional buses and the new purchase of e-buses, calculated for their entire service life. However, neither the price difference nor the way it was calculated is mentioned in the official documents. When contacted, KliK furnished no detailed information, stating that this was “part of the contract negotiated for financial support of the E-Bus Programme”, in other words, a private matter between KliK and Energy Absolute. It is therefore not possible to examine the key argument as to why the funding programme is needed for the e-buses. Consequently, additionality is at best non-transparent, and at worst, non-existent.

2)観察された事実から追加性がないことが推定される

オフセットプロジェクトが開始される前からEVバスは運行されており、「オフセットプログラムがなければEVバスへの切り替えは行われなかった」という追加性の前提条件と矛盾する、と指摘しています。

it is plausible that a major investment in e-buses would have taken place in the next few years anyway, because, even before the 2022 launch start of the programme, Thai Smile Bus had been operating e-buses on the streets of Bangkok,

Hence, there must have been funding pathways for e-buses prior to the Bangkok E-Bus Programme. This clearly contradicts the assertion that e-buses would not have been introduced in Bangkok without the offset programme.

現在公開されているプロジェクト文章において、追加性が十分に説明されていなかったのは事実かもしれません(詳細な検証を行われたい方はこちらをご覧ください)。ただ、実際に本プロジェクトにおいて追加性の評価が行われなかったかは、今後の議論の行方を見守る必要がありそうです。

6.2条に携わる政府・各種団体は、過去数年間ボランタリーカーボンクレジットで生じた騒動を踏まえて、一定の品質基準を維持すべく検討を進めています。6.2条についての取り組みが加速される中で、今回のような指摘・批判は今後も想定されますが、6.2条関係者がこれらを学習し、高品質を維持する仕組みの構築につなげていくものと期待しています。

機会があれば、弊社もそのような取り組みに貢献していきたいと思っています。

ボランタリーカーボンクレジットの動き

ボランタリーカーボンクレジットについては、需要側(end-to-end integrity framework)・供給側(An integrity collaboration of independent carbon crediting programmes)のそれぞれにおいて、業界横断的な取り組みが発表されました。いずれも今会期中に具体的な文章が提示されたものではありませんが、これらの取り組みは、ボランタリーカーボンクレジットの買い手の懸念を解消するものになる可能性があります。

VCMIはCOP28直前にClaim Code of Practiceをリリースしし、その中でscope 3 flexibility(ベータ版)という考え方を提示しました。またSBTiは、今年Beyond Value Chain Mitigationに関するパブコメを行い、来年のリリースに向けて現在準備を進めているところです。これらはいずれも、企業にとってのボランタリーカーボンクレジットの利用の指針となるものだと考えています。

(農業領域で事業を展開する我々とは少し離れた領域の話になりますが、アメリカが発表したEnergy Transition Acceleratorも非常に影響の大きな動きだと見ています)

2024年はICVCMからCCP-approvedクレジットが発行されるなど、ボランタリーカーボンクレジット市場の成長につながる他のイベントも待っています。引き続き注視していきたいと思います。

おわりに

今回はCOP28で学んだ炭素市場に関連するアップデートを共有しました。今回のCOP28では炭素市場以外にも多くの学びがありました。弊社が事業を展開する農業に関連しては、多くのイニシアティブが発表されています(弊社が取り組む”農業×メタン削減”も重要なアジェンダの一つでした)。またLoss & Damageも大きな進展があり、甚大なロスが想定される東南アジアの国々の大きな関心事となっていました。これらについても次回以降でご紹介する機会があればと思います。

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WRITER PROFILE

Chief Sustainability Officer 安井 啓人 Nobuto Yasui 博士(工学)

略歴

総合電機メーカー中央研究所、A.T. カーニー、デロイトトーマツ コンサルティング、Deloitte India、Deloitte South East Asia、総合商社新規事業開発部門、衛星画像解析ベンチャーを経て現職。サステナビリティ関連コンサルティングファームのディレクターを兼務。 企業のサステナビリティ戦略の策定、GHGアカウンティングや、カーボンクレジット品質評価等、企業のサステナビリティに関わる幅広いプロジェクトに従事。 京都大学(学士・修士)、東京工業大学(博士(工学))

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