COP28参加報告:農業関連の動き
安井 啓人
はじめに
Faegerは農業×持続可能性の領域、中でも気候変動領域(カーボンクレジット)に注力して事業を行っています。
気候変動対策と聞いて、多くの人が最初に思い浮かべるのは再エネの活用などエネルギー分野ではないかと思います。エネルギー分野がGHG排出の主要な原因であることはその通りなのですが、農業分野も気候変動対策の中で、非常に重要な役割を担っています(そして、その役割は、単純にGHG排出量を削減するだけでなく、もう少し複雑です)。今回のBlogでは、COP28での報告された農業・食料システムの動きを中心に、弊社が取り組む農業×気候変動領域でどのような取り組みが求められているのか紹介できればと思っています。
COP28での農業・食料システムの動き
COP28では、「食」が注目を集めました。各国・企業が脱炭素を目指した取り組みを発表しました。COPの常連からは、「今年は特に食品部門以外の人々から食品への関心が高まっている」との印象も報告されています。
「食」は今どのような課題に直面しているのでしょうか?また、COP28の決定により、どのような取り組みが加速化するのでしょうか?
これらの問いは、農業・気候変動の問題に取り組む私たちにとって重要なテーマです。このブログでは、最近のFAO、EUなどのレポートや、COP28での発表を読み解きながら、これらの問いについて考えていきます。
気候変動における農業・食料システムの重要性と複雑性
COP28で農業・食料システムが語られる際に、その重要性を示す補足情報として「私たちの食糧システムは、地球全体の排出量の少なくとも3分の1を引き起こしている」という表現がよく用いられています。これは、欧州共同開発センター(JRC)による”Food systems are responsible for a third of global anthropogenic GHG emissions”(2021)等の報告書を参照したものです。
こちらの論文では農業・食料システムとして、農業生産のための土地利用の変化(LULUC: Land Use and Land Use Change。森林伐採や泥炭地排水等)から生産、加工、包装、輸送、小売、消費、廃棄まで全てのバリューチェーンで発生するGHGを2015年時点で18GtCO2eと計上しており、世界全体のGHG発生量52GtCO2eと比較して、全体の34%としています。これが上記の「私たちの食糧システムは、地球全体の排出量の少なくとも3分の1を引き起こしている」の根拠となっています。
ちなみに、この18GtCO2eの内訳はどうなっているでしょうか。GHGのガス種別に見るとCO2(9GtCO2e)とメタン(6GtCO2e)、N2O(2GtCO2e)、フロン(0.4GtCO2e)の四つのGHGから構成されます。バリューチェーン別に見えるとCO2排出の大部分はLULUC(森林伐採・泥炭地排水等)に起因しており、CH4の大部分は生産(畜産、稲作)に起因していることがわかります。
農業・食料システムの幅広いバリューチェーンの中で特に大きな影響をもたらすのは土地利用の変化(開墾のための森林伐採)、生産(畜産・稲作でのメタン)の二つだということがわかります。
一方、農業・食料システムを考える上では、GHG排出量削減施策以前に、全ての人類にとって食料へのアクセスを確保するという視点が必要不可欠となります。もちろん、GHG排出量の増大は、温度上昇・海面上昇を通じて、農業生産量の大幅な減少をもたらすため、食料へのアクセスの確保という観点からも非常に重要な問題となります。一方で、GHG排出量の削減を最優先にし、高価な技術イノベーションへの投資・利用を前提とすることは適切ではありません。高価な技術費用を食料価格に転嫁させてしまうことは、途上国を中心とする多くの低所得者の食料アクセスに深刻な影響を与えることになってしまうからです。
FAOは ”The future of food and agriculture Drivers and triggers for transformation”(2022)において、上記のようなジレンマを踏まえて、今後の世界の農業・食料システムの未来について四つのシナリオを提示しています。この報告書では農業・食料システムの未来シナリオをFAOが掲げるFour Betters(より良い生産、より良い栄養、より良い環境、より良い生活)の観点で評価しています。
こちらの図では、Four Bettersの中で相関の強い二つの評価軸をまとめて(生産と環境をまとめて横軸、栄養と生活をまとめて縦軸に表記)、二軸のダイヤグラムの中でそれぞれのシナリオを評価しています。現行の継続シナリオ(MOS: More of the same)やビジネスの国家への影響力の更なる拡大シナリオ(RAB: Race to the bottom)では二軸の双方において大幅な悪化が見込まれます。現行の企業主導の取り組みが加速した結果、低所得者の食料アクセスの保護や資源効率を重視した食料生産への取り組みが疎かになり、社会面・環境面両方の価値が深刻に劣化すると予想しています。一方で、社会面・環境面において限られた取り組みを行うシナリオ(AFU: Adjusted future)では、栄養・生活面で一定の成果を上げるものの、環境外部性の内部化・資源効率の高い食料生産は達成できない、と見込んでいます。これらに対して、GDP成長を一部犠牲にし持続可能性を追求するシナリオ(TOS: Trading off for sustainability)においてFour Betters全体において良好な成果が見込まれています。このシナリオは、最も困窮している社会グループに対して保護を行う一方、それ以外のグループが社会的・環境的な影響を含めた「真の食料価格」を十分に反映した食料価格の高騰を受容することによって成立しています(食料への追加的な支払いが持続可能性を実現する技術イノベーションへの投資にも配分されます)。
これらの分析は納得できる部分が多い一方で、実現難易度が相応に高いものだと推測できます。これらのシナリオ分析は、今回のCOP28において、どのように施策に反映されたのでしょうか。
持続可能な農業・強靭な食料システム・気候変動対応に関する首脳級宣言
COP28二日目にリリースされたこの宣言は159の締約国が署名することになりました。これらの国々は、世界の農民の68%(5億3,000万人)、世界人口の75%、世界の食料生産の77%、世界の耕地面積の81%、世界の食料システム起因排出量の83%、世界の農業GDPの83%を占めています。
この宣言は法的な拘束力はもたないものの、強力なシグナルを送るものとなります。この宣言の中では、5つの目的(Objectives)を追求することと、それらを実現するために、2025年までに5つの取り組みを強化することについて記載しています。
5つの目的
- 適応とレジリエンスのための活動を拡大すること
- 社会的弱者(vulnerable people)の支援強化を通じてフードセキュリティ・栄養を促進するこ
- 気候変動によって生計が脅かされる農業従事者を支援すること
- 農業・食のシステムにおける水管理を強化すること
- 気候・環境的な価値を最大化すること
5つの取り組み
- 農業と食料システムを、「国家決定貢献」(NDCs)として知られる国家気候計画、ならびに国家適応計画、生物多様性計画、長期気候戦略に統合すること
- 農業補助金を含む政策と政府支援を、温室効果ガスの排出を削減し、回復力と人間・動物・生態系の健康を強化し、生態系の損失と劣化を削減するようなやり方へと再検討し、方向転換すること
- 零細農家向け金融を含め、食料システムにおけるあらゆる形態の金融へのアクセスを拡大・強化すること
- 地元や先住民族のコミュニティから生まれるイノベーションを含め、科学とイノベーションへの投資を増やすこと
- 宣言の目標を支援するため、多国間貿易システムを強化すること
ここに記載された目的・取り組みの方向性は、いずれも農業・食料システムを通じた生産・栄養・環境・生活の向上にアラインしているように見えます。しかしながら、上述の ”The future of food and agriculture Drivers and triggers for transformation”で示されたTOSシナリオの実現は、それぞれの取り組みの範囲・深さとそのタイミングによるところが大きいと考えます。今回署名した各国は2025年までにアクションを行うことになっており、来年COP29ではその途中経過を報告することが求められています。今回の宣言はTOSシナリオ実現に向けた施策づくりのきっかけとして、意味のあるものだと思います。今後、各国政府がこれらのとりくみをどのように戦略・政策に反映させていくか注視していきたいと思います(それらの戦略・政策を踏まえて、Faegerとして適切な貢献ができればと思っています)。
FAOロードマップ
FAOは12/10にGlobal Roadmap “Achieving SDG 2 without breaching the 1.5 °C threshold”を発表しました。これは、Farm Animal Investment Risk and Return (FAIRR)らが2021年に行ったロードマップ作成の要請に答えたものです。今回のものはRoadmap Part1であり、グローバルビジョンを提示する内容となっています。Part 2、Part 3の三部作を予定しており、段階的にこまかい粒度のロードマップが発表される予定です。それぞれCOP29、COP30での発表を予定しています。
Part1ではグローバルレベルでの目標値・マイルストーン、及びそれらを実現するための打ち手が紹介されています。
マイルストーン
- 食料安全保障・栄養
- 2030:飢餓の撲滅
- 2050:全人類の健康な食事へのアクセスの確立
- 気候変動
- 2030:農業・食料システムのGHG排出量▲25%
- 2035:CO2排出量ネットゼロの実現
- 2040:N2O排出量▲50%
- 2045:CH4排出量▲50%
- 2050:農業・食料システムはカーボンシンクとなる(▲1.5GtCO2e)
上記を実現する過程で栄養不足人口・CO2排出量は以下のように減少していくことになります。
打ち手
これに続いて本報告書では、マイルストーンを実現するために必要な10のドメイン(下記)と120の打ち手(action)を提示しています。
- 家畜 (Livestock)
- 漁業と養殖業 (Fisheries and Aquaculture)
- 農作物 (Crops)
- 健康的な食生活の実現 (Enabling Healthy Diets for All)
- 森林と湿地帯 (Forest and Wetland)
- 土壌と水 (Soil and Water)
- 食品ロスと廃棄 (Food Loss and Waste)
- クリーンエネルギー (Clean Energy)
- 包括的政策 (Inclusive Policies)
- データ (Data)
打ち手毎のマイルストーン
120の打ち手すべてにマイルストーンは紐づけられてはいませんが、Part 1では、10のドメインのそれぞれにおいて、幾つかのマイルストーンが提示されています。
穀物の全要素生産性を2050年までに1.5%増加させること、2025年から2050年にかけて累積で10GtCO2e(年間0.4GtCO2e)の土壌炭素蓄積を実現すること、2030年までに全ての農家・牧場主が自身のGHG排出量をモニタリングするためのソリューションにアクセスできるようにすること、等が個別のマイルストーンとして記載されています。
#3 農作物(CROPS)に関する詳細なアクション
参考までに3番目のDomainである農作物(CROPS)についてもう一段深い分析について紹介します。農作物Domainには関連する13の打ち手が記載されています(他の9つのDomainにも、このような詳細なアクションが記載されています)。
- 作物の育種と遺伝学の改善
- 作物パターンの変更・作物多様性を改善
- 稲作でのメタン排出量削減
- 施肥効率の向上と養分管理の改善
- 農畜統合生産
- 統合病害虫管理と化学農薬削減
- 循環型経済アプローチによる農作物残渣管理の改善
- 土壌炭素蓄積の改善
- デジタル農業の導入促進
- 気象予報・早期警報システム改善
- 農民への情報提供・技術普及
- 農民・女性の市場アクセス向上
- 農業政策の変更
我々Faegerが取り組んでいる稲作におけるメタン排出量削減(3)、施肥量削減(4)、バイオ炭(7)も農作物Dmainのアクションに組み込まれています。
おわりに
以上、今回はCOP28で見られた「食」への関心の高まりについてお伝えしました。
定量的な目標値・タイムラインが定められたわけではありませんが、農業・食料システムにおける気候変動対策やその他SDGs達成に向けた取り組みの方向性が確認されました。
我々Faegerは、現在、農業に関連するカーボンクレジット創出に取り組んでいます。農業生産性の向上と気候変動対策の両方に貢献するような技術(AWD、水田中干延長)を導入、そこで生み出したカーボンクレジットを先進国企業に購入頂き、その収入をプロジェクトに従事頂いた農家の方に還元することで、COP28・FAOロードマップで論じられた持続可能な農業・食料システムの構築に貢献していけると考えています。
しかしながら、そのためには、既存の枠組みでカーボンクレジットプロジェクト創出に取り組むだけでは十分でないかもしれません。各国政府・農業従事者が納得できる新しい枠組み作りなども必要になるかと考えています。そのような取り組みに参加・貢献できるように本年も尽力していければと考えています。
WRITER PROFILE
略歴
総合電機メーカー中央研究所、A.T. カーニー、デロイトトーマツ コンサルティング、Deloitte India、Deloitte South East Asia、総合商社新規事業開発部門、衛星画像解析ベンチャーを経て現職。サステナビリティ関連コンサルティングファームのディレクターを兼務。 企業のサステナビリティ戦略の策定、GHGアカウンティングや、カーボンクレジット品質評価等、企業のサステナビリティに関わる幅広いプロジェクトに従事。 京都大学(学士・修士)、東京工業大学(博士(工学))